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パリのアメリカ人 大晦日 感謝

遠い記憶から

 

オルセー美術館。印象派ギャラリーでルノアール、マネ、モネ、ゴッホ、ゴーギャンなどの名画を堪能。セーヌ河岸の緑の箱を開くとたちまち古本屋のブキニスト(bouqiniste)をのぞき、フランス旅行もいよいよ終幕に近づきました。時間も午後5時を回り、タクシーを拾って、イタリー門のホテルへ帰ろうとしたところが、大通りにデモの隊列が・・・・・。

 

 そこで路地に入り少し歩いてみると、パリ警察が車の進入を阻止するための停止線が張られていて、タクシーどころか車は全く見られず。あちこちの路地に入っては早足で歩いてはみたものの「大変だ、帰れず置き去りになる。」心中穏やかならない焦りが。ある店に入って「ウエラ ラ タクスイ スタシオン?」など怪しげなフランス語でタクシー乗り場がどこにあるか聞いたが「gauche」という言葉が何とか聞き取れたので「左の方」だろうといってみたが、やはり車が入ってこない道が。途方に暮れ、連れ合いともども、薄暗い路地をさまようありさま。

 

元のセーヌ河岸に戻るのが一番と思い直し、そこの通りでタクシーをつかまえようと小走りで向かうのでありました。セーヌ河岸、信号のあるところで、思い切り手を挙げ、向かってくる車に「タクスイ」などと声を張り上げていた。

すると信号待ちをしていたアメリカ人らしき人が英語で「ここで待ってもタクシーはつかまりませんよ。特に土日は。」と。(店主は何とか英語は聞くことができる?!)「ウィ マスト ゴウ バック ホテル」などといい加減な英語?でいうと、そのアメリカ人(なぜかそう決めつけた店主。以下、英語らしきやり取りの中身)

「タクシー乗り場ご存知ですか」「これからタクシー乗り場の方向へ帰るんです」「一緒に行ってもいいですか」「オーケー」と多分(「ボン・ヌフ橋」と思うのだが確証はない。)橋を二つわたり、タクシー乗り場がありました。

「親切なアメリカ人」に最大級のお礼、といっても「サンキュー ベリーマッチ」と言って握手をして感謝の意を伝えただけですが。

 

「ああ、よかった」と安堵したのもつかの間、タクシー乗り場には2人が順番待ちしており、しかも、大分前から待っている様子。なかなか来ないタクシー。二番目に待っていた女性はあきらめてほかの場所に行ってしまいました。(店主は内心ラッキーと思った。)しかしタクシー乗り場にタクシーはやってこない。ただいたずらに時間が・・・。

その乗り場に、わざとのように「大型清掃車」が止まり近くのごみ箱のごみを回収し始めた。さらに焦りと冷や汗も。絶体絶命だ。

一番目の先客、アメリカ人(ここでも)!に7時半までに「イタリア門のホテルに帰らなければいけない」と話しかけると「あなたたちは地下鉄でいくのが確実だ。」スマートホンで地下鉄の時刻表をみてくれ、「あと少しで地下鉄が来て乗れるよ」と。

 二人は素早く地下鉄へ向かい、切符を買おうとしたら デモ帰りの若者の行列が切符売り場に。「こりゃ無理だと」再びタクシー乗り場へ。先のアメリカ人の後に5,6人の集団が。

「すいません急いでいるので」とすまして割り込んで、タクシーを待つ。時間はどんどんたち、6時半を過ぎて清掃車もどこかへ。するとタクシーが来ました。

これを逃したら帰れない(悲愴感丸出し)。店主は恥も外聞もなく、アメリカ人に「先に乗っていいでしょうか」というと、きっぱり「このタクシーは私のもの」と。そりゃそうだと気を取り直すと、なぜかすぐに次のタクシーが来たのです。地獄に仏とはこのことか、と。

 

座席に座り、ツアー用の旅程表にあるホテル名を指で示すと、うなずきながら運転手は走り出した。約20分で7時前に到着。ふー。17ユーロのところ20ユーロを渡して。 何とか無事に帰りの飛行機に乗ることができました。

 

 どたばたの最終日でしたが、ほぼ満足の駆け足・格安旅行の顛末でした。

 

懲りずに、またフランスへ、行こうと思っている店主です。

 

 

今年も大詰め。

この一年、Azuki堂で本を購入されたお客様、ホームページを訪問していただいた皆様、ありがとうございました。

 

 新しい年が皆様にとりまして、佳き一年となりますことを祈念申し上げます。